2010年12月9日木曜日

Japanese Judo

先日『Judo学のみかた』という本を頂いたので
さっそく読んでみた
指導者のための本との事で
素人の保護者には共感できるだろうか?
と思いながら読み進めていったが
柔道の歴史・思想・変化などが、おおまかに解り面白かった
生き残りをかけたマスメディアに受けるスタイルへの変化
五輪競技である必要性
Judo本来のあり方と、時代の流れのジレンマ
急速に世界に普及し199カ国加盟のIJF、その政治的背景やもくろみ
青道衣問題や度重なるルール変更の件
形、礼法、神棚についてまで
おおまかに把握することが出来た
今まで文句ばっかり言っていたが、日本の苦悩も少し理解できた
指導者のための本ということだが、指導方法はあまり書かれていない
Judoを指導する者は、最低限はこの程度の事は理解していないと、いけません」
そんな本だろうか
たんなるスポーツとして割り切れない柔道
素人現代人には不明点や様々な疑問も多くある
しかし、それらは、それなりの理由や経緯があることなので
一つ一つ紐を解くのも面白いし
Judoの奥深さも知ることが出来る
日本文化伝承のJudo
世界に通用するJudoを同様にする事は
価値観の拘束になり不可能な気もする

土日に岐阜県の小学生を対象とした強化練習が行われます。
尚、体重別大会ベスト4以内になった選手(A強化選手)は、1泊2日の日程で合宿しますので、練習以外においてもトップアスリートであるという自覚を持たせるとてもよい機会です。
私はこの合宿にとてもたくさんの思い出があります。
すでに故人となられましたが・・・・
東濃地区の塚田俊彦先生とはいつも同宿でした。県外に遠征した時も同部屋で、塚田先生には大変よくしていただきました。「お前、マイクロバスの運転で疲れているだろう!」と缶コーヒーを下さったり、「いびきがうるさいといかんから、お前が先に寝ろ!」とたえず可愛がってくださいました。
中津川の市民大会に糸貫Judo少年団が参加した時は、「こっちへ来い!」と正面の舞台に上げられたり、「よく来たな!(^^)!」とお土産に中津川の≪栗きんとん≫を頂いたり、安藤先生が亡くなられた折には、ご自分も体調がすぐれないのに「わざわざ、来てくれたか(>_<)・・・」と出迎えてくださいました。
試合場では扇子を片手にいつも怒鳴る?叱る?気合を入れて選手を送り出しておられました。そんな塚田先生を指導者としての≪お手本≫と仰いでおりました。
また、前述の故安藤先生にも思い出がたくさんあります。
この【冬合宿】で十八楼に泊まった時、二人で柳ケ瀬に行ったことがありました。Judoの話で大変盛り上がり、気が付けば真夜中でした。タクシーを探しに外に出てまたびっくり・・・雪がコンコンと降りつもっており、「え~!(>_<)」って感じでした。
安藤先生は、「普段はなかなか岐阜に来れないので、また一緒に飲みに行こうな!」と上機嫌でした。
東濃地区の少年柔道のレベルの高さは、このお二人の力が大きいんだよな~(#^.^#)と実感しました。そんなお二人が時期の差はあれ、まさか逝かれてしまうとは想定外でした(>_<)
偉大な指導者を欠いた東濃地区の皆さんの心中は如何ばかりかと思うと心が痛みます。
私は今年の合宿には保護者として参加します。塚田先生、安藤先生、どうか安らかにお休みください。そして、岐阜のJudoがこれからどうなって行くのかを見守ってください。
私は先生方に柔道への熱い思いを直接教えて頂きました。その思いを未来を担う子どもたちにしっかりと伝えて行きたいと思っています。
自分のことしか考えず、人を陥れるような人間の皮をかぶった獣がうろちょろするこの世界で、私は≪勇猛精進≫この命が果てるまで、サムライとしてJudoに携わろうと思っています。